2010年代 ドキュメンタリー 日本 2016年06月19日に紹介された映画

「FAKE」(2016年,森達也監督)

2016/06/22

2016年06月19日の映画BAより(紹介者、みずしま)

「A」「A2」の森達也さん監督が、“ゴーストライター騒動”の一方の当事者、佐村河内さん守氏に完全密着した衝撃のドキュメンタリー。聴覚障害を持ちながら作曲活動をし、“現代のベートーベン”とメディアで賞賛されるも、音楽家の新垣さん隆氏が18年間にわたりゴーストライターをしていたと告白、佐村河内さん守氏は一転してメディアの総バッシングにさらされる。森監督は、謝罪会見後、一切のメディア出演を断り、沈黙を続けていた佐村河内さん守氏の了解を取り付け、その素顔に迫るべく、彼の自宅に乗り込みカメラを回し始めるが…。“ゴーストライター騒動”を切り口に、観る者の善悪や虚実の境界線を揺さぶり、あるいはドキュメンタリーを撮るという行為そのものについても深くて示唆的な問いを投げかけていく。(allcinemaより引用

mizushima

紹介した”みずしま”のコメント

この作品は、自分が紹介しました。当日、ちゃんと話せるようにとまとめた文章があるので、せっかくなので、それを張り付けておきます。

「FAKE」について

この作品を語るにあたって、まずドキュメンタリーは真実を描けるのか描けないのかということについて触れたいと思います。結論から言ってしまうと、描けないといのが僕の答えです。

そもそも、真実とはなんなのか。ありのままの出来事。誰かの視点が介入していない客観的な事実。映像的にいうと、演出されたものでないということができるでしょう。

では、実際にドキュメンタリー映画はそれが可能かと考えると、様々なことからして不可能だと言えるでしょう。

例えば、対象者にカメラを向けてしまった時点でカメラというものを意識します。撮るほうも何を撮るか判断する、要するに演出が介入してしまうわけです。そして、最後に編集が入ってきます。これらのことから考えて、真実を描くことは出来ません。

FAKEの監督、森達也さんさんは、このようにおっしゃられてます。ドキュメンタリーは「カメラを介した現実」を映していると。

さて、今回紹介するFAKEについてのお話になりますが、まずは、パンフレットに書かれた、コメントを引用します。
(コメントは、こちらの公式サイトからみれます。http://www.fakemovie.jp/comments/

なんとなく、面白さは伝わったんじゃないでしょうか。

このドキュメンタリーを観始めたときは、佐村河内さんの耳が聞こえないということは嘘ではないかと、疑いの目で食らいついて観るでしょう。僕もそうでした。

でも、徐々に本当に聞こえない(ある特定の音が聞こえづらい)ということが分かり始め、世間一般的な感情が逆転します。それは、新垣さん=善、佐村河内さん=悪というものの逆転です。このあたりは、現状のメディア報道がいかに出鱈目かということが露呈するとともに、簡単にプロパガンダ的な映像は作られてしまうのだなあと実感します。

そのための演出として、佐村河内さんは食事のときに、大好きな豆乳を一緒に飲むだとか、口太鼓を真剣に叩くだとか、ケーキが毎回登場するだとか、猫が可愛いだとかいたるところに日常的なものがちりばめられてます。

なので、佐村河内さんが愛おしく思い、勧善懲悪、二項対立的図式が展開され、彼にも言い分がありむしろ、新垣さんは悪者だというような安易な結論に達するものだと思いきや、その様相も変わってきます。

最終的には、なにが本当なのかということで、観終わったあとは頭が混乱します。

物語の終盤、外国人ジャーナリストが佐村河内さんのもとへと訪れます。そこで、日本のマスコミが求めていなかったことを問います。
「あなたの音源があればそれでみんな納得するんじゃないですか?それがあるというなら聞かせて下さい。ピアノが弾けるならここでみせて下さい」

ですが、佐村河内さんはしばらく沈黙の後こう答えます。

「ピアノがあると部屋が狭いから、売ってしまいました」

ここで、あれ?っとなるわけです。

真実はいったいどっちなのかということです。やっぱり、佐村河内さんも怪しいぞと。

そして、物語の最終局面、試写会にて「最後の15分は絶対に公表してはならない」と注意されていたところです。

監督の森達也さんが佐村河内さんに問います。

「あなたは、本当に音楽が好きなんですか?好きなら、なんでずっとこんな風に沈黙しているんですか?」

ここから、観る人もいると思うので、伏せますが、では、一体なにが「FAKE」なのか。

これは、町山智弘さんという映画評論家が言っていたことなのですが、メディアの報道で一喜一憂していた私達が最もFAKEなのかもしれないということです。耳が聞こえないだとか、ゴーストライターがいただとか、そんなものはどうでもよく、音楽が素晴らしいのか素晴らしくないのか、その本来問わなければならないものに対して果たしてどれだけ、実際の音楽を聞き、佐村河内さん騒動に意見していたのかということです。一切、音楽を聞かずにマスコミの報道に単純にのっかた人がほとんどではないかと。

そして、物語の最後、森達也さんが佐村河内さんにひとこと尋ねます。ここも、核心にせまるものなので伏せます。

ここで、この映画のポスターをみて下さい。

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なぜか、猫が大きく写っているでしょう。これは、佐村河内さんが飼っている猫なのですが、所々で猫目線の話なのかと思うようなショットが挿入されます。つまり、この顛末は猫のみぞ知ることなのかもしれませんね。

最後にひとこと。

こうやって僕がこの映画を観てきたということで話していますが、実際は観てないかもしれませんよ。これぐらいの情報なら、ネットで検索すれば誰だって語れるでしょう。なので、僕が言っていることはFAKEなのか見破るためにも是非劇場に足を運んでください!!

平成28年6月19日

おわり。

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